その夜、私は自分の部屋のベッドに横たわり、考えにふけっていた。
天井を見つめながら、今までのことを脳裏に浮かべていく。いったい、ヘンリーはなぜ私のもとに現れたのだろう。
なぜ時を超えてまで、この時代に、この国に、私の前に? 何か大切な目的があるのではないだろうか。そうでなければ、こんなこと起こるわけない。人の強い想いが、ときに奇跡を起こす。
もしかして、この出来事も人の想いが関係しているとか……。
そのとき、ふいに中村透真のことが頭をよぎった。やはり、どう考えても二人が無関係とは思えない。
二人の共通点……それは私。 彼に出会って、ヘンリーに出会った。二人が同時期に私の目の前に姿を現す。
そして二人は瓜二つ。こんな偶然って……。
「よし! 決めた」
私は勢いよく立ち上がった。
夕食を終えた皆は、居間でゆったりとくつろいでいた。
祖父は新聞に目を落とし、龍はそんな祖父の肩を揉んでいる。ヘンリーは寝ころびながら漫画に夢中だし、その背中をアルバートがマッサージしていた。
シャーロットは目を輝かせテレビを見ている。本当に我が家は、賑やかになったものだと感心しながら、私はヘンリーへ視線を送った。
「ヘンリー、ちょっといい?」
全員の視線が、一斉に私へと注がれる。
最近の私たちの気まずい雰囲気を察していたのか、皆かなり驚いた表情をしていた。
その中でもシャーロットの視線が鋭く、私に突き刺さる。「……うん」
ヘンリーは少し躊躇った様子を見せたが、素直に頷いた。
私は内心ほっとした。
少し不安だったのだ。ヘンリーが嫌な素振りをしないか、と。 最近はお互いうまく話せていなかったから。でも、そんな心配は不要だったようだ。 私はヘンリーを連れ、近所にある公園へと足を運んだ。家から
その夜、私は自分の部屋のベッドに横たわり、考えにふけっていた。 天井を見つめながら、今までのことを脳裏に浮かべていく。 いったい、ヘンリーはなぜ私のもとに現れたのだろう。 なぜ時を超えてまで、この時代に、この国に、私の前に? 何か大切な目的があるのではないだろうか。そうでなければ、こんなこと起こるわけない。 人の強い想いが、ときに奇跡を起こす。 もしかして、この出来事も人の想いが関係しているとか……。 そのとき、ふいに中村透真のことが頭をよぎった。 やはり、どう考えても二人が無関係とは思えない。 二人の共通点……それは私。 彼に出会って、ヘンリーに出会った。 二人が同時期に私の目の前に姿を現す。 そして二人は瓜二つ。 こんな偶然って……。「よし! 決めた」 私は勢いよく立ち上がった。 夕食を終えた皆は、居間でゆったりとくつろいでいた。 祖父は新聞に目を落とし、龍はそんな祖父の肩を揉んでいる。ヘンリーは寝ころびながら漫画に夢中だし、その背中をアルバートがマッサージしていた。 シャーロットは目を輝かせテレビを見ている。 本当に我が家は、賑やかになったものだと感心しながら、私はヘンリーへ視線を送った。「ヘンリー、ちょっといい?」 全員の視線が、一斉に私へと注がれる。 最近の私たちの気まずい雰囲気を察していたのか、皆かなり驚いた表情をしていた。 その中でもシャーロットの視線が鋭く、私に突き刺さる。「……うん」 ヘンリーは少し躊躇った様子を見せたが、素直に頷いた。 私は内心ほっとした。 少し不安だったのだ。ヘンリーが嫌な素振りをしないか、と。 最近はお互いうまく話せていなかったから。でも、そんな心配は不要だったようだ。 私はヘンリーを連れ、近所にある公園へと足を運んだ。 家から
下校の時間。 私はさっさと帰ろうと、急いで教室を出た。 すると、私のあとを必死で追ってくるヘンリーの気配を感じ、そっと振り返る。 視界に入ってきたのは彼と、彼にべったりと寄り添うシャーロットの姿。 見たくないという思いとは裏腹に、澄んだ瞳でじっと見つめるその眼差しに、私は負けた。 結局、皆で帰るはめになってしまった。 ヘンリーに腕を絡め、密着するシャーロット。 その様子を横目で見ながら、私は心の中でため息をつく。 こんなことがこれからずっと続くのかな……結構、しんどいんですけど。「お嬢、ご気分でも悪いのですか?」 私の様子が気になったのか、龍が声をかけてきた。「ううん、大丈夫。……ね、今日の夕飯は何?」 「え? あ、はい。雑穀米、茄子のお味噌汁、サバの塩焼き、酢の物でございます」 「美味しそう! 龍の作る料理が一番よね、楽しみにしてる」 「光栄です」 私は明るく振舞った。 落ち込んでいるなんて思われたくない。もちろんヘンリーへの気持ちも知られたくない。ましてや、嫉妬してるなんて絶対に知られるわけにはいかない。 ……今さら、ヘンリーのことが好きだなんて。 それに、ヘンリーにはシャーロットがいるし……ヘンリーはこの世界の人じゃない。 いつか、必ず別れが訪れる。 これ以上好きになったら、いつかきっと辛い思いをすることになる。 この気持ちは封じ込め、忘れてしまったほうがいい……。 思考を巡らしていた私は、前をよく見ていなかった。「お嬢っ! 危ない!」 突然、龍に力強く引き寄せられた。 よく見ると、進行方向には電信柱が……。どうやら、私はそれに向かって歩いていたらしい。 龍が止めてくれなかったら、思いきりぶつかっていただろう。 私としたことが情けない、考えごとばかりしているからだ。 ほっとしたのもつかの間、私は肩を落とし落ち込んだ。
教室の自分の席へ座ると、すぐに貴子が声をかけてきた。「まーた、新たにキャラが増えたみたいね」 貴子は瞳をキラキラと輝かせ、ヘンリーたちを眺めている。 新キャラとは、シャーロットのことだろう。 彼女は完全にこの状況を楽しんでいるようだ。「そうなのよ……」 私は机に突っ伏して脱力する。 あの二人と私はクラスが同じ。 常にシャーロットがヘンリーにベタベタしている姿を見せつけられなければならないのだ。 なんで同じクラスにするかな!? まあ、どうせその方が監視できていいだろう、っていうおじいちゃんの配慮なんだろうけど。 本当に余計なことしてくれるわ。 シャーロットはヘンリー同様、一気にクラスの注目の的になっていた。 現実離れしたその美しさと可愛らしさを兼ね備えた美少女。クラスの男子達はすぐに彼女に夢中なった。 次々声をかけられていたが、彼女がヘンリーにしか興味がないと判明した瞬間、男子たちはすぐにあきらめムードとなった。 ご愁傷様、と私は男子たちに憐みの視線を送る。 ヘンリーはあれからずっと私を気にしている様子だった。 こっちの方をじーっと見つめてくる。 しかし昨日や今朝のこともあり、まだ私が怒っていると思っているのか、なかなか近づいては来なかった。 私も別に怒っているわけではなかったが、ヘンリーを見るとなんだかムシャクシャして、どうも素直になれないでいた。 昨日からヘンリーに優しくすることができない。「ねえ、あんたたち、なんかあった?」 「え?」 「なーんか、ヘンリーと流華の空気感が変わったというか……。 でも、いいじゃん! なんかお互い気にしてるっぽいし」 貴子はにニヤニヤとほくそ笑み、何かを期待しているような瞳をこちらへ向けている。「ヘンリーのこと、好きになった?」 「はあ!?」 大声を出したので、クラスの視線が私へと集中する。 恥ずかしくて、今度は小声で話す。
いつもの登校の道。いつもの風景、いつもの朝……じゃない! なんで、五人!? いつも龍と二人で歩いていたこの道。 斜め後ろには、いつも通り私に付き従う龍が控える。 私の隣にはヘンリーが陣取り、ニコニコと嬉しそうな笑顔を向けながら、楽しそうに私に話かけてくる。 そして、そのヘンリーの隣、逆サイド。そこにはシャーロットがヘンリーに寄り添い、腕をからめ、幸せそうな顔を向けていた。 そしてもちろん、その二人の後ろにはアルバートが付き従う。 このような布陣が、いつの間にかできあがっていた。 祖父の計らいにより、ヘンリーに続きシャーロットまで学校へ行けるよう、いつの間にか手続きされていた。 っていうか、変なことに自分の権力を使っちゃ駄目でしょ。 本当に面倒見がいいんだから……。 私は祖父の顔を思い出し、あきれたように薄ら笑いを浮かべる。「ヘンリー様とお散歩できて、幸せです」 シャーロットはヘンリーの腕に自分の腕をぎゅっと絡め、体を密着させている。「あんまりくっつかないで。一人で歩きなよ」 腕を解こうと試みたヘンリーだったが、外れないようだった。「嫌です、離れません。絶対に流華さんより私を好きになってもらいます」 シャーロットが私へ視線を向ける。 その瞳からは敵意がひしひしと感じられた。 私はその視線をするりとかわし、気づかぬ振りでやり過ごす。「僕の心は流華のものだよ」 ヘンリーは何の迷いもなく、まっすぐな気持ちをシャーロットに告げる。「ひ、ひどい……。でも挫けません」 「頑張ってください、シャーロット様」 落ち込むシャーロットを一生懸命応援するアルバート。 彼はどうやら二人を結び付けたいようだ。 まあ、普通そうだよね。 あっちの世界の人同士、それが自然なんだから。「流華……」 ヘンリーが私の様子を窺ってくる。 昨日のことが気まずくて、私達はま
また、夢を見た。 頭上には、黒く塗りつぶされたような漆黒の夜空がどこまでも広がっている。その空を、月と星々の光だけが薄く照らしていた。 眼下には黒い海が広がり、強い風の影響か、波が激しくぶつかり黒い水しぶきを上げていた。 私は断崖絶壁の上に佇んでいる。 一歩前へ出れば、崖下へ転落してしまうだろう。 冷たい夜風が私の体を撫でていくと、体が小さく震えた。 それは恐怖からくるものなのか、寒さからくるものなのか、わからなかった。 岩に打ちつける波の音だけが鮮明に聞こえ、静寂の時が流れていく。 私は包まれている温もりを感じながら、そっと顔を上げる。 目の前には、いつものあの男性。 私のことを抱きしめてくれていた。 そう……いつも夢に見るあの男性だ。 綺麗な金色の髪が月に照らされている。 その男性の瞳が私の方へ向けられ、愛しそうに目を細める。「愛してる。たとえ生まれ変わっても、僕は必ず君を見つける」 彼の真剣な眼差しが、私を射抜く。 愛している、とその瞳が訴えかけてくる。「私も必ず、あなたを見つける」 私は自然とそんな言葉を口走っていた。 体は冷えているのに、心はあたたかい……。 彼は嬉しそうに微笑むと、私の頬に愛おしそうに触れ、優しく撫でた。「僕の愛は永遠だよ。たとえ離れ離れになっても必ず君を見つけ、そしてまた好きになる」 「私も……愛してる。必ずあなたを見つけるから、待ってて」 見つめ合い、頷き合う。 そして、ギュッと強く抱き合った。 そのまま、ゆっくりと私たちは崖から落ちていった。「っ……!」 そこで目が覚め、私は飛び起きる。 急いで辺りを見回し、短く息を吐いた。 ここは、自分の部屋のベッドの上。「そっか……私、寝てたんだよね」 今いる自分の現状を把握した私は、ほっとする。 先ほど見
「まあまあ、これはちょっとした事故なんだから」 私がヘンリーを諭すように優しく話しかけると、珍しく彼は強気に反発してきた。「だって、龍……流華にキスしようとしてたよ」 「はあ!?」 ヘンリーのとんでも発言に、私は素っ頓狂な声を上げてしまった。 まさか、そんなこと……。とすぐに否定するが、ちょっと待てよ、と考える。 そう言われれば、そんな感じもしたかもしれない? 龍の方へ視線を向けると、彼はタコみたいに真っ赤な顔をして下を向き続けている。 え? 何その反応。 私は驚いて龍を凝視する。「龍……」 「お嬢! 申し訳ありません。今は何も聞かないでください! 猛烈に反省いたしますので……おやすみなさい!」 龍は私に深く頭を下げると、急いで立ち去っていく。 いや、今そんな反応されると、どう捉えていいのかすごく悩むんですけど! 遠ざかる龍の背中に向け、私は心の中で叫んだ。 残された私は、呆然とそこに立ち尽くす。 そして、ヘンリーの存在がまだそこにあったことに気づいた私は、そちらへ視線を向けた。 不機嫌そうな表情をしながら、私のすぐ傍らに彼は佇んでいた。 二人きりになってしまった。 先ほどのこともあり、ヘンリーと二人きりはちょっと気まずい。「ねえ、龍のこと……どう思ってるの?」 ちょっと沈んだ様子のヘンリーが、暗い声音で話しかけてくる。 どうって、どういうこと? と私は眉を寄せた。「もちろん……好きよ」 あっさりそう答えると、ヘンリーは驚愕し、目が飛び出すほどにその目を大きく開いた。「えっ! 好きなの!? 僕より?」 ヘンリーは慌てた様子で、私に詰め寄ってくる。 その反応に驚いた私は、誤解を与えたのかと思い、急いで弁解した。「ちょっと待って! 好きって言っても、家族としてだよっ」 私の言葉に、ヘンリーは少し落ち着きを取り戻し、どこかほっとした表